「台湾」花東線のDR2700にイソウロウ


今年で車齢40年!台湾鐵路の魂の気動車は今なお現役


↑かつての1067mm軌世界最速気動車は今も色褪せない脚力で花東線の雄大な景色を走る
 

今回の出発地、台東県關山駅

 

台湾の東部を南北に結ぶ花東線。風光明媚な車窓が魅力のこの路線は沿線の観光名所も豊富で台北・高雄から多くの優等列車が直通します。

そんな花東線には朝夕のみ運行される庶民の足、「柴油車」があります。「柴油車」とはディーゼル動車による鈍行列車で、車両は1966年製のDR2700系が充当されています。

今回は台東から北に30Kmの小さな町、駅弁でも有名な關山駅から柴油車に乗って台東を目指します。

今回の主役-DR2700系。柴551次、關山駅待機中

 

夜明け直後の朝6時前、關山駅のホームには黄色い顔のステンレス気動車が待機していました。6時11分発、台東行き551次です。遠くに鶏の鳴き声が聞こえる静かな駅に鈍いアイドリング音のみが響きます。

 

DR2700という気動車

 

DR2700は1966年、台北〜高雄を結ぶ特急「光華號」専用車両として日本の東急車輛で製造された気動車です。光華號はその当時にして台北〜高雄は最高速度110Km/hの4時間40分で走破、現在でも停車駅多目の自強号は同区間を4時間30〜40分を所要しますので、当時の軌道や設備事情などを踏まえると40年前のこの気動車特急がいかに俊足であったかが伺えます。
ちなみに光華號の表定速度80.8Km/hは当時の狭軌(1067mm)の気動車列車としては世界最速でした。

光華號を退役したDR2700は一般車に格下げされ台北の近郊輸送に就きます。当時銀色だった前面も警戒色の黄色に塗られたDR2700は、冷房化された新型車の導入で活躍の場を徐々に追われ、海線、内湾線、南迴線と活躍の場を転々とします。現在は残る仲間が台湾鐵路に残る唯一の「柴油」等級として花東線の朝夕の通勤通学輸送に従事しています。

DR2700は台湾の鉄道ファンからは「白鐵仔("ステンレス君"のようなニュアンス)」と呼ばれ人気が高く、今もイベント等の貸切運転で台湾全土に出張します。

 

古くて最新の運転席

 

事前に承諾を得て、運転室も取材します。

DR2700の運転室の様子。ブレーキとマスコンが左右逆ながら、日本の「キハ」を継承します。

計器パネルは2006年より新たに設置された新しいシステム、ATP導入によりリニューアルされました。台湾鐵路局ではBombardier社製のATP装置を順次取り入れています。DR2700もその一環で、レトロな運転台に異彩を放つ大型ディスプレイは「DR2700をまだ使う」と言う台湾鐵路局の意思が感じられ、喜ばしい限りです。




参考

コチラが従来の運転席。ATPモニター部分は従来型のATS装置(ATW/ATS)があり、速度計はアナログのものが付いています。

ローテクとハイテク

 

ATP装備のDR2700の運転室は新しい装置が満載です。

(左上) 距離計付き速度計。ATPをカットして使用する場合に使われるデジタル式の速度計です。

(右下) 各種情報をやり取りする無線端末。よく見ると携帯電話の如くアンテナ表示が。電波良好、バリ3です〜^^;

 


参考
台湾鐵路のATP

ATPとはAutomatic Train Protection、自動列車防護装置と呼ばれるもので、信号や曲線などの速度制限において列車が速度超過をしないよう監視、指示、制御する装置です。
前方の信号などの情報から停止位置までの距離と減速曲線を算出、減速曲線とリアルタイムで速度照査し、超過した場合は自動で列車は停止。日本で言えばATS-Pに近いですが、速度超過の場合、常用最大制動で制限速度以下まで減速させるATS-Pと違い、ATPは非常制動で列車を停止させます。「運転士が速度超過=緊急停止」とこの辺りは欧州生まれのシステム故に日本の保安装置とはコンセプトの違いが見られます。


(上2枚) 台北近郊の通勤電車(EMU500)のATP。運転士さんはタッチパネル式のディスプレイで事前に路線情報などを設定します。
(左下) ATP用の地上装置。信号機、カーブ、駅構内と主要路線各所に設置されています。
(右下) ATP「司機員責任」モード。通常の「完全監控」モードと違い、速度照査制御は行いません。
 


柴551次、ダイヤをチェック!

 



今回イソウロウする柴551次のダイヤをチェックします。台紙は花東線の通票閉塞時代から用いられたもので丸や三角の通票種別が残されています。

柴551次の編成(DR2700型2連)は台東を4:42に出発する上り柴554次(DR2700型2連)の後方に併結され、運転士さんの運用は「便乗554次」を名乗ります。DR2700型4連の柴554次(+便乗554次)は關山に5:20に到着した後、柴551次となる後方2両を切り離し、終点玉里を目指します。

柴551次、日本的に言うと551Dは關山を6:11に出発し、各駅に停車。終点の台東には6:58に到着します。少し早い時間帯ですが、台東方面の通勤通学の足として、沿線の人々に欠かせない列車です。

出発を待つ

 



6時を過ぎると日の出となり、まぶしい朝日が差し込んで来ます。早朝ながら列車にも少しづつ乗客が集まって来ました。

6時11分、柴551次、關山発車〜!

 

午前6時11分、出発信号が青になり、ホームの鈍いベルの音が止めば列車は動き出します。ゴロゴロゴロと低音の効いたエンジンを唸らせながら徐々に速度を上げてゆきます。

(左下) 車両中央部の丸い門には排気筒が収納されています。その後の自強号気動車にも継承される「月洞門」を模したカバーは当時の特急車が持ったスタイリッシュなデザインを今に伝えます。

朝の花東線を快走

  




列車はエンジンも快調に朝の花東線を快走します。北回帰線より南の台湾東南部ながら、朝の花東線の非冷房の車内には心地良い風が入って来ます。

6時15分、月美駅到着

 


前方にホーム1本の無人駅が見えると月美駅です。

今日は夏休みの日曜ですので、通勤通学客もありませんでした。

月美駅の風景

 

月美駅はかつて交換設備を要する有人駅でしたが、現在は交換設備は撤去、駅も無人化され、廃墟同然の駅舎と木製の長いベンチが今も残されています。

月美駅を後にする

 

列車は30秒の停車の後、月美駅を出発します。平地区間を変速〜直結とエンジンをつなぎ、快調に速度を上げて行きます。DR2700は1両にカミンズ社の300馬力のエンジンを1基搭載、同時期の日本のDMH17(キハ58等)やDML30(キハ181系等)とはまた違う独特の響きをします。

(5番) DRC1000同様、運転席左側の席は一般座席となっています。普段は列車長(車掌)さんが座っていますが、お願いすれば交代してくれる事もあります〜☆

列車は走る

 

かつての俊足を今に伝える走りで雄大な線路を快走します。

6時21分、瑞和駅〜米どころを走る

 

列車は無人駅の瑞和で数人の乗客を乗せ、水田の中を軽快に走ります。心地よくゆれる車内、冷房など無くても非常に快適な空間です。

 

朝の風を切って

 

窓を開ければ暖かく爽やかな風が入ってきます。高い空の下、心地よいジョイント音とエンジン音が夏の朝に響き渡ります。

 

瑞源駅接近

 

運転士さんが無線交信を始めると前方には瑞源駅が見えて来ました。

ATPの動作

 

列車が停車駅の瑞源に近づくと、ATPは減速曲線を算出、ディスプレーに表示します。許容速度(最高速度)を表す赤い線が現在の最高速度、95Km/hの位置(左上)から徐々に減速します。運転士さんもブレーキを掛け、列車の速度がこの線を上回らないようにします。
 
停止点(ブレーキポイント)が近づくと速度計右側に停止点までの残り距離を表示するゲージが現れます。

この停止点は駅ホームの列車の停止位置ではなく、停止信号機の手前など、この位置を超過すると非常停止が掛かる位置の事です。最高速度は停止点に安全に停車できる限界の速度を表示する為、停止点が近づくにつれて最高速度はリアルタイムに変化、下降します。
 

6時24分、瑞源到着

 

列車は定刻の6時24分、瑞源に到着、1分の停車時間の後、発車します。
 

6時25分、瑞源発車

 

列車は出発信号を受けてゆっくりと動き出します。

ATP誤作動!

 

列車が出発信号を通過しても停止位置表示が消えません。ATP装置の誤作動です。そのまま停止位置が近づくにつれ許容速度が下がり、なす術無く速度超過で緊急停止しました。この日も気温は30度を越える猛暑。暑さによるATP誤作動は台鐵各所で発生しており、現在台鐵とメーカーで早急な対応をしている最中です。

運転士さんは素早く復帰後、ATPの誤動作を報告し、気を取り直して台東を目指します。
 


DR2700あれこれ話

DR2700は普段は花蓮機務段-台東機務分段に19両が所属します。日本的には「トウ」といったカンジです^^;全般検査や大きな修理は花蓮機務段に隣接する花蓮機廠で行われます。また2004年には2両が電化区間での架線のメンテナンスをおこなう「電線検修車」CM79,CM80型へと改造されました。

(上2枚) DR3000も休む樹林調車場に留置中のCM79、CM80。前面2枚窓化や側面など大きく手が加えられています。
(右下) 花蓮機廠での検査を終わり、花東線を単機で自走回送するDR2700。


白鐵仔、花東鐵路を軽やかに駆け抜ける

 

列車は風光明媚な景色の中を駆け抜けます。雄大に広がる畑、古風な農家、南国の木々、花東線の魅力を風いっぱいに感じる極上ディーゼルカーの旅が続きます☆

DR2700を堪能する

 

日曜日で閑散とした車内にはひたすらジョイント音が響き、心地よい揺れが続きます。窓を開け、風を浴びるも良し、ウトウト眠りに付くのも良し、お弁当の時間にするのも良し、まばらな乗客は思い思いに目的地までの時間を過ごします。

6時31分、柴551次、鹿野到着

 

列車は鹿野駅に到着します。ここで台東からの自強号1052次の通過のため、退避を行います。

(7,8番) 台北(樹林)行き自強号が低いエンジン音を響かせて颯爽と通過して行きます。

 

開車オーライ!

 

1052次の通過後、程なくして出発信号が青になります。

6時36分、鹿野発車!

 

列車は定刻で鹿野駅を出発し、卑南渓に沿って山里駅を目指します。この辺りから車窓も平野の様相から山間の風景へと変化して行きます。
 

山の鐵路へ

 

列車は台東へ向けて最後の山を越えます。かつて花東線が762mmナローだった時代、この区間は25‰の勾配の続き、複数のスイッチバック駅を擁する難所でしたが、現在はトンネルで一気に貫くルートに切り替えられました。

列車は山に囲まれた路線を緩い下り坂を利用してぐんぐん加速して行きます。

さらに加速!光華號の走りを!

 

速度が上がると列車はエンジンを直結段に切り替えし、更なる加速を行います。これぞ「光華號」の走り!元世界王者は今もタダモノではない走りで風を切ります。
 

車窓は山の空気へ

 



スピードに乗った白鐵仔は軽やかに鹿野渓を渡ります。

山間を走る車窓にはほのかに山の香りが入ってきます。

6時42分、山里駅到着

 

列車は山間の駅、その名も山里駅へ到着します。
 

柴551次、山里駅停車中

 


DR2700は副線に停車。台北行きの56次を退避するため8分間停車します。

頑張って走って来た白鐵仔は小駅の木陰でしばし休憩します。
 

山里駅の風景

 

山里は1982年の改軌・路線切り替え時に完成した駅です。山間の小さな交換駅でしたが近年この素朴な雰囲気が人気を博し、隠れた観光スポットとなっています。

(左上) 駅の横に最近完成した展望台。駅を見渡せる木造の展望台には花東線でかつて通票閉塞が行われたの解説板もあります。
(右下) 駅前にはパイナップル畑が広がります。
 

56次を待つ





列車はのんびりと56次を待ちます。優等列車の退避停車もまた、鈍行列車の魅力です。


6時50分、56次通過!

 

山のかなたからエンジン音が聞こえたかと思うと台北(樹林)行き56次が姿を現しました。長い編成の客車が台北へ向けて軽やかに走り抜けます。

 

56次を見送る




北上する56次を木陰で見送ります。車掌さんは「出るぞ〜早く乗り込んで〜」とホームの乗客に促します。


6時50分、柴551次、山里発車!

 

列車はきらきらと車体を輝かせて山里駅を後にします。次は終点、台東です。

ラストスパートは長い下り坂

 

山里駅を出た列車は台東まで長い下り坂を駆け下ります。さぁ、あと1駅頑張って走ります〜☆

トンネルの連続

列車はしばらく日差しの下を走ったあと、大小のトンネルを連続して下ります。トンネルの中の涼しい風が車内に入り、心地よさは更に増します。

(2番) トンネルの入り口にはかつて憲兵さんが警備した見張り台が残ります。
(9番) 最後のトンネルを出るとすぐに台東駅。場内信号が出迎えます。
 

台東駅接近

 

ATPモニターには終着駅「台東」の文字が。列車も徐々に減速を行います。

6時58分、柴551次、台東駅到着

トンネルを出るとすぐ左手に台東機務分段が現れ、その先に終着駅の台東駅が現れます。列車は定時で第2月台へと入線。今回のイソウロウはここまで。
 

台東駅第2月台

 

台東駅第2月台。優等列車の到着と違い、列車はひっそり静かに停車。乗客は足早に出口へと降りてゆきます。

誰もいなくなった台東駅のホーム。エンジンのアイドリングと生暖かい8月の夏風だけが周囲を包みます。

DR2700を後にする

台湾の看板列車として台北〜高雄の西部幹線に君臨したDR2700。現在は時速300Km/hの超高速列車がその任を継ごうとする時代。かつて世界最速を誇った気動車は数奇な運命を辿りながら現在もしっかり生きています。

台湾鉄道史において欠かすことの出来ない銘車両、DR2700。最新の装備を背負い、今なおその栄光の走りを忘れない誇り高き気動車魂を十分に感じ取りつつ、DR2700を後にした…

イソウロウ日時
2006年8月


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